どんな音楽シーンにもなんらかの向精神薬はつきものだが、ことさらクラブ・カルチャーに付き纏うドラッグのイメージはなかなか払拭することができない。エレクトロニック・ミュージックに対して世間でモラル・パニックが起こるたびに、その裏には薬物乱用の扇情的なニュース報道があった。90年代前半のUKレイヴ・シーンにおいては、エクスタシーの氾濫をタブロイド紙がこぞって取り上げ、90年代半ばのUSレイヴ・カルチャーでは、1997年にニュース番組『20/20』が特集を組み、10代の若者が麻薬を服用する隠しカメラがとらえた映像を放送した。世紀の変わり目にはトロントのハッピーハードコア・レイヴ、Hullaballooにて起こった薬物絡みの死亡事故をメディアが大々的に報道し、ここ10年を見ても、”molly”（MDMA）絡みの死亡がElectric Daisy CarnivalといったEDMフェスで何件かあり、世間で大いに騒がれてきた。これら全てのケースにおいて（そしてそれ以外の多くの場合も）、マスコミはエレクトロニック・ダンスミュージック・カルチャーは“ドラッグ・カルチャーである”と強く印象づけるような報道の仕方をし、とてつもなく厳しい法律の制定や施行を正当化してきた。

しかしこういった流れを変えようとしている人たちがいる。規制や罰を強化するよりも、人々の健康と安全性の向上を重要視するべきだという“ハーム・リダクション（危害の縮減）”というアプローチを推薦する薬物政策改革者や、ドラッグがどのように我々の体に影響し、世界にどのように流通しているのかについて、より信頼性のあるデータを収集しようと努める研究者たちもいる。こういったなかで板挟み状態になっているのが、とても多様なドラッグ対応が求められる法的・政治的環境の制限のもと安全なイベントを運営しようと尽力する、The Warehouse Projectといったイベント・プロモーターたちである。

2013年の秋、WHPのイベントで複数人が病院に運ばれ、ひとりの命が失われた。どうやら彼らは、あまり広く知られていないPMAという物質が入った怪しいエクスタシーの錠剤を服用してしまったようであった。PMA (Para-Methoxyamphetamine) はMDMAと同じ部類に属し、同じようにセロトニンを放出する作用があるが、少量で何倍もの威力と有毒性を発揮する。この件において指摘しておきたい点は、信憑性のある情報の欠落である。被害者たちは慣れ親しんでいる薬物の適度な量を摂取したと思い、結果的に命を危険にさらすことになった。

事件後、WHPのオーガナイザーたちはドラッグ対策を強化した。イベントのメディカル/セキュリティ・スタッフを増員し、空調設備を改善し、無料の飲料水の提供を実施したが、最もメディアから注目を浴びたのはパーティー参加者に生命に関わる重要な情報を提供することを目的とした、高度な薬物検査システムであった。これはHome Office（UK内務省）と、ドラッグ使用の社会文化的研究をしているDurham大学のFiona Measham教授とのコラボレーションによって、事件が起こる以前から進められていた取り組みであった。Fiona Measham教授のチャリティ団体The Loopは、ナイトクラブやフェスなどで薬物関連の情報の提供や奉仕・福祉活動を行っている。そういったことに加え、The Loopは革新的な科学捜査の手法を用いた薬物検査サービスを提供しており、WHPなどのイベントに持ち込まれるドラッグに不審な物質が含まれていないかチェックをしている。

本来、現在の法的環境ではこういった現場でのドラッグテストは非常に困難だが、セキュリティや警察によって没収された薬物をMeashamのチームが最先端の技術を駆使して検査するというシステムを、MeashamとWHPは作り上げることに成功している。そして検査で不審な結果が出た場合（たとえば何か危険な物質が混入している錠剤が出回っているなど）、WHPはソーシャル・メディアを通じて警戒を促す。

WHPの取り組みは業界初の試みであるが、それなりにリスクを伴う。どんな形であれ、自身のイベントでドラッグの乱用があることをわざわざ公にするような行為は、悪い印象に繋がる危険性があることをオーガナイザーたちは百も承知だ。その上、ニュースメディアや地元の政治家たちがやたらと指摘したがるように、彼らの活動はドラッグの乱用を黙認、あるいは助長しているのではないかといった誤解を生む可能性もある。

電話越しに話を訊いたとき、WHPの設立者のひとり、Sacha Lord-Marchionneは慎重に言葉を選びながら喋ったが、その気持ちは理解できる。取り組みについて具体的な話をする前に、彼はまずWHPがドラッグ使用を禁止していることをストレートに言い表した。「うちはドラッグの乱用には断固反対だ。もちろん、入り口でも会場内でもドラッグには常に目を光らせている」。だが、Lord-Marchionneは現実主義者でもある。「しかし、どのような対策をしようと、なんらかの方法で場内にドラッグを持ち込む人がひとりでもいると考えないとしたら、私達はただの馬鹿だ。もちろんいるし、それは国中のどんなイベントでも同じだ」。そして、Measham教授との共同活動は薬物政策改革支持者が”ハーム・リダクション”と呼ぶものの一種であり、ドラッグ使用を完全に防げないのであればダメージを最小限に抑えることを目指すべきだとする考え方であると、Lord-Marchionneは説明した。

エレクトロニック・ミュージック・シーンは、ドラッグを取り巻くごちゃごちゃとした政治にすっかり巻き込まれてしまっている。薬物乱用に関連するあらゆる社会問題の議論では生け贄にされ、薬物政策の変更の正当化に利用され、メディアからも警察からも敵視されている。薬物政策改革活動家、研究家、医療関係者のなかには、ドラッグの意識改革や教育、調査においてとても重要な場になりうるとして、エレクトロニック・ミュージック・イベントに注目している人たちが増えているが、エレクトロニック・ミュージック・シーンよりも大きい（根が深い）問題を解決しようと、政府がとる弾圧的な措置の矢面に立つのが、たいていエレクトロニック・ミュージック・カルチャーであるのだ。

政策に関する議論は、例えばDJランキングなどと比べたら会話のトピックとして退屈かもしれないが、私達にとってとてつもなく重要なことである。薬物政策がもたらす影響は多大であり、たとえドラッグを個人的に使用していなくとも、エレクトロニック・ミュージック界にいる多くの人々に直接的に関わってくる。しかしこれは、受け身で無抵抗なパーティーピープルを、政府がトップダウン方式で無理やり制しているという話ではない。薬物政策の改革と保健教育の改善を通じてイベントをより安全な場所にしようと日夜取り組んでいる組織はたくさんある。ところが、ドラッグ対策を“なんとかしろ”とプレッシャーを受けるも、法的・政治的な情勢により、最も効果的な対処法の実施は不可能かリスキーすぎる状態になり苦しんでいる音楽ヴェニューやオーガナイザーは増えるいっぽうだ。こういった流れを受け、自分たちで楽物乱用の危険を抑えようと草の根運動を発起するクラバーたちも現れているが、そういった動きにもリスクや落とし穴が伴う。

この入り組んだ現状を分析する上で我々は、1) 政府による薬物政策、2) プロモーター、研究者や教育者たちなど、民間の行動者たちによる介入、3) そして常に変動する環境のなかイベントを楽しもうとしている客の体験、この３つに着目する必要がある。

薬物政策

簡潔に言うと薬物政策とは、危険であったり中毒性が高いとされている物質を管理する法律や規則の制定において、指針となる基本原理のことを指す。例えば、たいていの国の薬物政策は削減（麻薬の流通や消費を減らす）を目的とした対処を中心とする。根絶を目標とし、完全にドラッグを排除した社会を理想とする国もある。どちらにせよ、こういった政策はドラッグの供給や需要をターゲットにする傾向がある。ドラッグの供給連鎖をターゲットにするということは、栽培や輸送を絶つこと、密輸ルートや配給ネットワークを妨害すること、ドラッグディーラーたちを逮捕することなどを意味する。ドラッグの需要を減らす対策としては、薬物所持の違法化や薬物乱用防止キャンペーン、依存セラピーなど幅広い手段が含まれる。

その一方で、アンダーグラウンドなドラッグ売買による危険を減少する方法として、一定の規制下での薬物の非犯罪化や合法化を検討する国も、少ないが増えている。こういった、よりリベラルな政策の特徴としては、ドラッグ使用そのものの減少よりもドラッグ使用による悪影響を最小限に抑えることを優先する点である。

多種多様な薬物政策が存在するが、ドラッグ使用に対してどれほど寛容的かという視点でカテゴリー分けすることが可能だ。まず一方の端には、ドラッグに対して毅然たる不寛容の姿勢で、根絶を目指すゼロ・トレランス政策があり、法令による禁制に頼り、完全なる自制を提唱する。それほど極端ではない政策には、ドラッグ乱用を公衆衛生の問題として捉え、一部を非犯罪化し、薬物依存は治療を必要とする病気として見るものがある。それと同じ系統に属するのが“ハーム・リダクション”と呼ばれる政策であり、これはドラッグ使用のネガティブな面を減らすことを重要視し、安全な注入場所やドラッグ検査を用意し、薬物に関する情報やカウンセリングを無料で提供している。

アルコールや煙草も危険で中毒性の高い物質に含まれるが、規制を伴った解禁が多くの国で導入されている一方、大麻のような“ソフト”ドラッグにも似た措置を取っている国は少ない。政策の逆の極端な例としては、完全なる自由化があり、政府はドラッグの流通や消費において全く関与しないという考え方が存在するが、薬物に関する大半の国際条例に反するためその政策を導入する国は考えられない。

アメリカにおける薬物戦争（War On Drugs）は、1971年にRichard Nixon大統領が導入した、歴史上類を見ないほどに制限的で厳しいドラッグ制度であった。政策をどのように実施するかについては州ごとに多少の決定権があったものの、全体的な法的環境はドラッグ根絶、自制、そしてゼロ・トレランス方式（初犯から起訴）を基本とした。警察当局が法を非常に厳しく取り締まり、ドラッグの使用には強力な社会的スティグマ（不名誉）が付随した。しかし近年、アメリカでは政策に変更が加えられ、薬物中毒の研究やセラピーへの投資の増加や、州によっては医療大麻の合法化、そして薬物使用者が刑務所ではなく依存症治療プログラムへと送られるシステムを導入するなど、規制の緩和が見受けられている。

とはいえ、MDMA、コカイン、ケタミンといった“クラブ・ドラッグ”の使用は依然厳しく取り締まられており、特にここ10年のEDMフェスの台頭によりエレクトロニック・ミュージック・イベントの法的・政治的環境はどんどんと不寛容になっている。2002年に導入されたRAVE Act（「エクスタシーへのアメリカ人の脆弱性の低減法」）（2003年にはIllicit Drug Anti-Proliferation Act（薬物拡散防止法）として制定）では、矛先がエレクトロニック・ミュージック・イベントに向けられ、もともとクラックハウス（コカイン密売所）を取り締まるためにあった法律が拡大解釈され、レイヴやダンス・ミュージック・イベントのオーガナイザーに来場者のドラッグ乱用の法的責任が課される部分が追加された。

USと比べると、UKの政策の厳しさは中間ぐらいに位置する。ドラッグを取り締まる法律は薬物の禁止が基本原理となっているが、安全性の向上や依存症の治療といったものにも尽力している。これは、中毒者の治療と娯楽使用を別けて考えていた、“ブリティッシュ・システム”と呼ばれた20世紀初頭の法的理論の名残りである。ところが60年代～70年代には規制が強化され、規制物質のリストに指定される物質が増え、少量の薬物所持も刑罰の対象となった。最後に労働党が政権を握っていたとき（1997年から2010年）はハーム・リダクションと捉えることもできる政策が進められていたが、政治情勢が変化していくなかでそのスタンスは変わっていった。David Cameron率いる保守党が政権を握ると、ハーム・リダクション団体の多くが資金援助を失った。しかし政界のトップはハーム・リダクションに対して懐疑的だが、州によっては地方議会や警察当局がサポートしている例もある。

UKでは、USよりも警察に法律の取り締まり方の決定権を与えており、その結果州ごと、街ごとにプロモーターが受ける扱いは異なるものになる。例えばロンドンやハンプシャーの警察は非常に厳格であることで知られ、ケンブリッジシャーとマンチェスターの警察はドラッグ安全に関してクラブやプロモーターに比較的協力的である。しかしながら、土壇場で急に地方議会や警察によって法外な料金を課され、イベントが開催できなくなるなど、エレクトロニック・ミュージック・イベントは間接的にも標的にされることは多々ある。例を挙げるなら、2010年のGlade Festivalはハンプシャーの警察が警備費を前年の2万9000ポンドから17万5000ポンドにはね上げたため、オーガナイザーによって開催がキャンセルされた。

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オランダは部分的な合法化と規制を実施している国として頻繁に引き合いに出されるが、同国の薬物政策は寛容、ハーム・リダクション、そして選択的な取り締まりをうまく組み合わせている。オランダの政策の主たる目的はやはりドラッグの乱用を減らすことにあるが、合わせて危険性や“公的不法妨害”の削減、依存症の治療、不正取引の防止なども含まれている。オランダの国法によると全てのドラッグは違法になるのだが、少量のカンナビスやオーガニック・サイケデリックスの所持や使用といったケースにおいては、当局は取り締まらない。同様に、この国では“コーヒーショップ”などでのカンナビスの小売りは、量や年齢などの規制はあるものの、許容されている。

これにより、オランダは禁止制度を基本とした国際条例に従いながらも、ハーム・リダクションにフォーカスした政策を実施することができている。しかし基本的に個人使用と小売りは許可されているものの、大規模な生産や不正取引は取り締まられ、特にそれがヘロインやコカインなどの“ハード”ドラッグであった場合は厳しく罰される。オランダには、ダンス・ミュージック・イベントのオーガナイザーにとってやりやすい環境が出来上がっている。ドラッグ・ディーラーを逮捕しようとする警察がサポートと監視両方を行うという、不思議なバランスを生むこともあるのだが。

近年では、ポルトガルが世界の薬物政策の議論の中心になってきている。この国はドラッグの密輸大国であった歴史があり、高い薬物依存率が問題視されていた。2000年には、個人使用のための薬物の所持を非犯罪化する新政策が導入された。オランダと同様に、薬物所持は違法のままだが少量の薬物所持には刑法ではなく行政法が適用されることとなった。それはつまり、所持しているところが見つかったとしても、送られる先は裁判所や刑務所ではなく薬物使用者を更生することを目的とした委員会であることを意味する。こういった委員会にはソーシャルワーカー、弁護士、精神科医が在籍し、罰金の支払い、特定の場所の出入り禁止（ナイトクラブなど）、奨学金など政府の補助金を受ける権利の剥奪など、制裁措置を定める。そしてもし依存症と判断されたら、リハビリセンターや社会奉仕といったことも措置に含まれることがある。

こういった政策変更は公衆衛生を優先したハーム・リダクションの一種であり、依存症の治療、そして違反者に懲役を科す以外の方法で薬物乱用を減らそうとする取り組みである。こうした取り組みがエレクトロニック・ミュージック・イベントにどのような影響を与えているかを見るには、現場でのドラッグ検査、カウンセリング、医療サービス、ドラッグに関する情報といったハーム・リダクション・サービスを提供しているポルトガルの巨大フェス、BOOMが良き例である。

何かを禁止すればするほど、それを入手し使用することがより危険な行為になるという事に、議論の余地はない。アメリカにおける禁酒法時代（1920年～1933年）を見れば、いかに組織犯罪、暴力的な警察の手入れ、そして質の低い非合法ビールが飲酒を危険な行為にしていたかわかるだろう。すなわち、ドラッグ使用者へのリスクを高めることになっても、ドラッグを裏社会に追いやる必要があるのか、という根本的な問いかけがあらゆる薬物政策の議論の根底にある。

驚くほどのことではないが、その問いかけへの解答は政策立案者がドラッグ使用者をどう見ているかに大きく左右される。厳しい禁止制度を実践している体制では、薬物使用者は堕落した犯罪者であり、リスキーな行為が生む悪い結果は当然なことだとする。公衆衛生が最優先され、中毒者の治療にフォーカスしている場合では、ドラッグ使用者は他人の力を借りないと薬物と決別できない、脆弱な病人として見られることが多い。ハーム・リダクション政策ではドラッグ使用者の大半は病人ではない普通の人であり、特定の文化的背景や環境においてのみドラッグを使用し、そういった行為が危険に繋がることは少ないと考える。以上のアプローチは全て安全を第一に考えているが、何を安全とするかという点において大きく異なる。

改革、研究とハーム・リダクション

薬物政策の進展は継続的なプロセスであり、いくつもの団体が改革を推薦し討論に参加している。例えばUSでは、Drug Policy Allianceが薬物政策の改革において大きな存在となっている。ニューヨークを拠点にするこのNPOは薬物戦争に反対し、ゼロ・トレランス方式や逮捕ではなく健康、科学と同情心に根ざしたアプローチを提唱している。DPAの活動の大部分は大麻使用者の逮捕を辞めさせることにあり、医療大麻を許可する法を制定させたり、ワシントン、コロラド、D.C.といった州や、初めて大麻を合法化した国ウルグアイなどに見受けられる大麻合法化の流れを支持している。DPAは更に、アヘン剤の過剰摂取の死亡を減らすことを目的に、過剰摂取の作用を拮抗する麻薬拮抗剤ナロキソンをより手に入れやすくする活動を牽引してきた。そして最近では、Stefanie Jonesという人物を中心に、ダンス・ミュージック・シーンの視点から薬物政策の改革にも積極的に取り組んでいる。

Jonesは2000年代の初頭からロサンゼルスでクラブ遊びをするようになった。当時交わされていたRAVE Actに関する議論に彼女は心を打たれ、政治家や評論家たちがメディアで描いていたドラッグ乱用者像と、彼女が実際にエレクトロニック・ミュージック・シーンで経験していたことに大幅な相違があると感じた。そういったなかで彼女は、RAVE Actに強く反発するDPAの活動を知った。薬物政策のことを詳しく知りたいと思った彼女はニューヨークに移り、NYUのGallatin Schoolで勉強し、同市のクラブ・シーンにおけるドラッグ使用とダンスについて修士論文を書いた。その数年後、彼女はDPAでイベント・マネージャーとして働き始めた。2000年代後半にかけて、エレクトロニック・ミュージックがUSで大人気を博すようになると、彼女は薬物政策の改革活動にとって新たなチャンスが到来したと感じた。「エレクトロニック・ミュージックとカルチャーへの感心が高まってきたのを見て、私は団体に戻って、“Drug Policy Allianceの居場所はここにある”と言ったわ」

L to R: Janine Jordan, Electronic Music Alliance, Stefanie Jones, DPA, and Missi Wooldridge, DanceSafe

JonesはDPAのナイトライフ・コミュニティ契約担当マネージャーに就任し、2014年にハーム・リダクションの理念や薬物政策の情報をパーティー参加客、イベント・オーガナイザーやナイトライフ規制官に提供するプロジェクト、Music Fanを立ち上げた。ところが、イベント・オーガナイザーを手助けしようとする彼女の活動をRAVE Actが邪魔をした。なぜなら、基本的な薬物教育や“ハーム・リダクション”サービスを提供することによって、イベント会場が“薬物が関わる店舗”としてみなされ、責任を追及される恐れがあるからだ。RAVE Actには、ドラッグの取引や使用が行われることを“認識“していながらイベントを開催するオーガナイザーを対象にした項目があるのである。そのため、米国のEDMフェスのフライヤーやサイトにはたいてい「これはドラッグ禁止のイベントです！」などといった文言がある。ドラッグ使用を黙認しているなどといった印象を少しでも与えてしまったら、まるでクラックハウスの運営者のような扱いで起訴される恐れがあるためだ。

RAVE Actは、ドラッグ使用に関わる危険を減らすサービスを提供することで、イベントの中止や警察の手入れを招いてしまう可能性があるとオーガナイザーたちが怯える状態を作っている。市民をドラッグ関連の危険から守るために制定されたはずの法が、イベント・オーガナイザーにあらゆるハーム・リダクションを避けさせてしまう強い理由を作り上げたのだ。「ハーム・リダクションって、いろいろな感情を煽り立てる言葉だわ」と、Jonesは言う。彼女は、薬物政策コミュニティに属さない人間と話すときは「健康と安全を最優先する」というフレーズを使うそうだ。

こういった障害をなくすため、Jonesはバージニア州に住むDede Goldsmithという人物の活動をサポートしてきた。Goldsmithの19歳の娘Shelleyは2013年8月31日、ワシントンDCの混雑したEDMイベントにて、MDMAを服用中に熱射病で命を落とした。しかし子供を薬物関連の事故で失う親の多くがそうするように、より厳しいドラッグ規制を求めるのではなく、GoldsmithはAmend the RAVE Act!というキャンペーンを始動した。これは、薬物関連とそれ以外を含む全ての救命処置が必要な状況を減らすあらゆる対策を、イベント・オーガナイザーが取ることを許可する項目をRAVE Actに加えることを、米国議会に強く主張することが目的であった。Jonesはこれまで培ってきた薬物政策における専門知識とDPAのリソースを用いて、Goldsmithのキャンペーンを支え、議会の政策立案者たちとの橋渡しをした。

研究

厳しい薬物政策に頭を抱えているのはイベント・オーガナイザーだけではない。規制物質に関わる科学研究には規制の激しい政策や、保守的な研究機関の面倒な手続き、そして世間の目など様々な妨害がある。こういった物質を規制することに多額の金や時間がつぎ込まれているにもかかわらず、こういった物質がどういう仕組みで作用し、どういった効果をもたらすのかということに関しては、まだまだ知らないことが多いことに驚かされる。ドラッグやドラッグ使用を研究しようとすると目の前に様々な壁が立ちはだかることを、Doris Payer博士は痛いほど知っている。「なぜ、薬物の危険性や長期的な副作用ばかり世間では語られて、研究のためのツールだとか、健康を促進させる作用、あるいはすぐに人を殺すほど危険ではないといったポジティブ面についてもっと語られていないのかしら？」と、彼女は問いかける。それの答えには、いくつもの要因が絡んでいる。

Payerは神経科学者であり、元々地域の薬物教育者であったが、それから薬物政策と研究の世界に足を踏み入れることになった。1990年半ばにデトロイト近郊の大学に通っていたころは、ミッドウエスト・レイヴ・シーンがピークを迎えていた。1997年にトロントのレイヴに行ったところ、彼女はイベントにブースを出し、セックスやドラッグの危険性について情報を提供していた青少年支援グループ、T.R.I.P(Toronto Raver Information Project)の活動に感銘を受けた。その後デトロイトに戻った彼女は、数人のレイヴ仲間と薬物教育プログラムを設立し、それはその後レイヴにフォーカスしたハーム・リダクション活動ネットワーク、DanceSafeの一環へと成長していった。

ハーム・リダクション活動家として得た経験をモチベーションに、彼女は2004年にロサンゼルスに移りUCLAで依存神経科学の博士号を取得した。「自分が言っていることをちゃんと理解したかった」と彼女は言う。「世論や政策は科学に基づくべきだという考えを提唱する者として、説得力が欲しかった」。それから10年以上経ち、Payerは薬物政策の世界に戻り、ドラッグの科学研究の専門家として重要な役割を果たしている。

規制物質を研究する者達はどういった壁に直面するのか？「組織内で慣習化されたバイアスがあるのよ。科学者じゃない人や、別分野の科学者にはわからないかもしれないけど、このせいでとてもやりづらい環境が出来上がっている」と彼女は説明した。インタビューを通して、彼女はいくつもの障害をリストアップしてくれたが、それを要約すると、資金調達、リソース、官僚主義、そして出版バイアスといったことが問題点であった。

「研究は資金がないとできない」とPayerは言う。「そして資金提供組織には優先順位があるわ」。簡潔に言うと、財力のある国立研究機関は規制物質の理解を変えてしまうかもしれないプロジェクトには関心を持たない。「政治的に賛同されやすい研究テーマであっても資金調達に苦労する昨今、そんな研究の提案は、たとえどんなに完璧にプレゼンをしても見向きもされず、結局お金は違うところに行ってしまう」

そしてもし資金が調達できたとしても、果たして研究施設がそのプロジェクトをやらせてくれるのか？「一流の施設は保守的になる傾向があり、評判を守ることを真っ先に考える」とPayerは言う。「だから彼らは悪い評判やネガティブなイメージにつながりそうなことは避けたがるわ」

資金が調達でき、研究を行う施設も見つかったとしても、すぐに大量のLSDやアンフェタミンを注文して被験者に与えて実験を行うわけにはいかない。まず規制物質を扱う資格が必要だ。「違法薬物の場合、入手、保管、投与するためにライセンスを取る必要あるわ」

今度は研究しようとしている物質の入手源を確保する必要があるが、大半の国で違法な薬物の場合、それは容易ではない。国によっては、健康科学や薬物の研究局などにストックを譲ってもらうことも可能な場合があるが、量は多くなく、そういったものは通常質がとても低い。例えば低レベルな大麻を被験者に渡したとしたら、実験の結果にどのように響くだろうか？そして必要なライセンスなどはとても高価であり、短期的なものが多い。「官僚主義的な手続きがやっと全てクリアできたと思ったら、また更新しなきゃいけなくて料金を払う、なんてことになる」

では全てのハードルを超え、実験は成功であったとしよう。結果はどこで出版するべきだろうか？学術出版の世界にも独自のバイアスや傾倒があり、ドラッグ研究はないがしろにされる環境が出来上がっている。例えば、実験の結果、とある薬物にあると言われていた悪い作用が観察されなかった場合にはどうするか？「研究の結果は“否定的”となってしまうわ」とPayerが説明する。「何も示すものがない結果を出版したがる学術雑誌はない」。そしてもし肯定的な結果を得られたとしても、ドラッグの娯楽使用に対する世間の批判的な目や、ネガティブなイメージに繋がる可能性を気にし、雑誌編集部が出版をしないことを選ぶ可能性もある。「政治的な利己主義が科学的な正確度に打ち勝っているというケースなわけ」

しかし規制物質の研究者にとって公平な土俵にしようと動いている勢力もある。近年、PayerはUKのシンクタンクBeckley Foundationとともに活動をしている。Amanda Feilding率いるこの機関はバランスのとれた薬物政策に必要な科学的基盤を築くための研究を進めている。薬物政策においては、Foundationはカンナビス政策に関する重要な調査結果を発表しており、この結果は大麻の非犯罪化と合法化を促進しようとするUSの州において幾度と無く引き合いに出された。そしてBeckley Foundationは、規制された医療大麻の市場作りに取り組み、宗教儀式としての使用を認める方向に進んでいるジャマイカ政府に助言をしている。

科学研究の世界では、Beckley Foundationは野心的な新しい研究をスタートしている複数の国際研究チームのサポートや指導を行っている。そのプロジェクトのひとつに、史上初のLSDの脳撮像研究があった。fMRI（磁気共鳴機能画像法）とMEG（脳磁図）を使ったこの研究はロンドンの Imperial CollegeにてDavid NuttとRobin Carhart-Harrisの監督のもと行われた。政府からの十分な資金提供が得られなかったため、Walaceaという科学に特化したクラウド・ファンディング・サイトにて資金を募集し大反響を呼んだが、この革新的な研究でさえこういった手段で足りない資金を調達しなくてはいけなかったことからも、現在のドラッグ研究の厳しさが垣間見えてくる。補助金申請書の審査が最高評価であったにもかかわらず、研究チームは国以外から資金をかき集めないといけなかったのだ。Imperial Collegeだけでなく、Beckley FoundationはUniversity College London、King's College London、Johns Hopkins Universityといった大学の研究チームをサポートしている。

Payerに言わせると、UKやUSの薬物政策は科学研究にとって障害でしかない。「これらの政策が科学研究を大きく邪魔していることはもっと知られるべきだわ」と彼女は言う。こういった政策（と、そこから派生する一面的な情報）はドラッグに対する誤った認識を広めてしまう。薬物の研究を妨げる薬物政策やその他の官僚主義的な弊害は個人的な見解や倫理観が基準になってしまっている。「そこから離れるには、事実を明らかにするしかない」と彼女は言う。言い換えるなら、ドラッグに関する研究が進めば進むほど薬物政策も改善されるが、政策そのものが研究を妨害しているのだ。

ハーム・リダクション

研究所での臨床試験はドラッグ研究におけるひとつの側面でしかない。Deirdre Ruaneも研究を行っているひとりだが、その内容は大きく異なり、民族誌学的、定性的、社会的、そして実践型の研究を行っている。Ruaneが研究するハーム・リダクション・サービスは“サイケデリック・サポート”と呼ばれる類であり、これは電子音楽フェスで近年見かけることが増えてきた。彼女は現在University of Kentにて博士号取得のため民族誌の研究を行っており、US、UK、ポルトガルという3つの国の薬物政策におけるサイケデリック・サポート現象を検証している。研究の一環として彼女はこの三カ国でハーム・リダクション組織の活動にボランティアで参加し、フェスなどでサイケデリック・サポート・サービスを行っている。Ruaneによると、こういったサービスは以前から行われていたものの、「誰もその活動を記録してこなかった」

サイケデリック・サポート・サービスは向精神薬でバッドトリップに陥った人に安心感を与える同伴者と安全な場所を提供するサービス。「バッドトリップに苦しむ人がいたら、無事に抜け出せるように手助けするのが目的なの」とRuaneが説明する。この現象はアメリカのBurning ManやLightning In A Bottle、ドイツのFusion、ポルトガルのBOOMなどのトランスフォーメーショナル・フェスティバルで自然に習慣化した。こういったフェスではサイケ・トランスがかかることが多く（世界中のゴア・トランス・シーンの名残り）、こういったシーンでは儀式と参加型芸術の要素と、個人のスピリチュアルな成長といった信念を組み合わせることが多い。「トランスフォーメーショナル・フェスティバルではバッドトリップをしている人を助ける伝統があるの」とRuaneは言う。「そしてサイケデリック・サポートは、それをより正式なものにし、刺激の少ない安息所を提供するの」

こういったサービスは指導者ではなく世話人がスタッフをやる。「Timothy Learyが『チベット死者の書』でやってたような、教義を唱えるようなことをする人はいないわ」。指図などをすることなく、スタッフはバッドトリップしている人の頭の中で起きていることに耳を傾け、気持ちを落ち着かせることをメインとする（ここでサイケデリック・サポートのマニュアルがゲットできる）。セラピーの訓練を受けた人もいるが、スタッフの多くはただ経験豊富で、バッドトリップがどういうものか良く分かっているパーティー参加者たちである。

A few of the items popular with guests staying at the KosmiCare space at Boom Festival 2008

研究を進めるなかで、Ruaneは学際的サイケデリック研究協会がサポートしている米国のThe Zendo Projectや、UK、ポルトガルなどに支部を持つKosmicareといった組織と活動してきた。ドイツのEclipse、スペインのEnergy Controlも同様のサービスを提供している。サイケデリック・サポートはまた、MDMA、ケタミン、あるいはアルコールなど幻覚剤以外の物質で悪い体験をしている人のケアもする。

ところが多くの場所では、サイケデリック・サポートのようなハーム・リダクション・サービスをイベント・オーガナイザーが提供することは法的にリスキーである。特に、どういった言葉を使って説明するかは重要なことであり、ハーム・リダクションを提唱する人たちは慎重に言葉を選ぶ。例えば、Drug Policy AllianceのStefanie Jonesはサイケデリック・サポートのことを「現地メンタルケア」と呼び、ドラッグに限定せずあらゆる精神のケアを行うサービスとして提示している。しかし、重大なハーム・リダクション・サービスである現地でのドラッグ検査に関しては、回りくどく言い換えることが難しい。「ドラッグ教育や、The Zendo Projectのような現地でのメンタルケア・サービスは賛否両論を招いているけど、最も議論の的になっているのがドラッグ検査なの」と、Jonesは言う。

基本理念だけを見れば、ドラッグ検査は非常にシンプルなものだ。ドラッグのサンプルを検査しどういった物質が含まれているかを確認することである。これがどうハーム・リダクションになるのかは明白だが、改めて言い表す価値はあるだろう。路上やクラブで購入されたドラッグは、何が入っていてもおかしくはない。これは、禁止することによって危険で規制されていない違法市場が出来あがってしまうという、薬物政策が直接引き起こしている弊害だ。それに加えて、新規向精神薬（英語では“リーガル・ハイ”、日本では通称“危険ドラッグ”）が近年、市場に溢れかえっていることを考えると、ドラッグ検査がいかに危険を減らす効果があるか想像するのは容易い。DIYドラッグテスト・キットも世界各地で手に入るが、カジュアル・ユーザーの多くはわざわざこういったキットを使って自身で検査するようなことはしないだろう。こういったキットを持っているだけで犯罪者扱いされる可能性もある。そのため、多くのハーム・リダクション団体が、実際にドラッグの服用が行われているクラブやフェスティバルなどでこういったドラッグ検査を実施しようとするのだ。

ドラッグ検査が実際にどのように行われているかは、その場所ごとに、法的にどこまで可能で、政治的に許容されているかによる。薬物政策業界では、ドラッグ検査は“フロント・オブ・ハウス“形式と“バック・オブ・ハウス“形式に分かれ、最近では“ミドル・オブ・ハウス”形式も増えてきている。

Drug test at Boom

フロント・オブ・ハウス形式は、大半の薬物政策体制では不可能になってしまうため、このサービスのなかでも珍しいタイプである。これは会場に薬物検査機器を揃えた実験室を設け、パーティー参加者からドラッグのサンプルを受け取り、その場で結果を報告するというものだ。危険性の高いPMAや、まだ十分に作用が研究されていない新規向精神薬などが含まれていることを発見した場合、その客に警告が言い渡され、フェスの他の来場者などに看板やソーシャル・メディアで情報が公開される。

フロント・オブ・ハウスは、イベントにおけるハーム・リダクションの様式として理想的とされるが、スタッフが薬物を扱うと大半の国では法にひっかかり、薬物の所持や取引の罪に問われる可能性をも孕む。そして、その場で結果を報告するというのは薬物使用の承認や助長と同等であると、批判をする側（政治家や警察など）は主張する。ダンスフロアの真横に「チェックイン」サービスが設けられていたポルトガルのBOOM festivalは、フロント・オブ・ハウスを完全なる形で実施し、良い結果を得た例だ。ポルトガルでは少量の薬物の所持は非犯罪化されたため、スタッフは起訴を恐れることなく薬物を扱うことができた。オーストラリアのChEck iT!というサービスは、スタッフが実際に薬物に触れることなく検査する巧妙なシステムを導入しており、結果は番号形式で匿名で公開され、法に触れないようにしている。

一方、バック・オブ・ハウスは最も保守的なタイプのサービスであり、別の場所にある実験室で検査を行い、パーティー客と対面することはない。セキュリティや警察が没収したドラッグのなかからサンプルを抜いて検査するというものであり、時には下水をサンプルし分析する場合もある。サンプルは警察署や、大学などの研究機関の警察から許可を得た実験室などへ送られ、テストされる。バック・オブ・ハウス形式の違いは、プロセスがとても遅いところ。結果がわかるのは何週間も後であり、イベントにきている客にはあまり関係のないことになる。これはどちらかというと警察の科学捜査上の関心やドラッグ使用の研究のためであるが、特に危険なドラッグなどが出回っているときは警告として発表されることもある。

ミドル・オブ・ハウスは比較的新しい考え方であり、フロント・オブ・ハウスとバック・オブ・ハウスを組み合わせたものになる。The Warehouse ProjectのFiona Measham教授が行うドラッグ・テストは、現地で行われるもののユーザーとの直接的な交流はないためミドル・オブ・ハウスであると言える。Meashamのチームは警察が没収したものや、イベント会場に設置されたアムネスティー（恩赦）ボックスと呼ばれる箱に客が自主的にいれたもので検査を行う。そして実験室は警察が包囲した特別なスペースにあり、法に触れることなく薬物を扱うことができる。

バック・オブ・ハウスやミドル・オブ・ハウス検査は、UKは最近増えてきている州もあるが、全てはその地の警察の厚意と協力のもとで行われる。しかしこういったプロジェクトはどういった形であれ、EDMフェスでほぼ行われていないことからも、USの薬物体制がいかに深刻な状態にあるかが伝わってくる。DanceSafeはDIYドラッグ検査キットを販売しているが、こういったキットを音楽イベントで販売すると、薬物使用の承認や助長としてみなされる可能性があるため、イベント・オーガナイザーにとってはリスキーなことである。米国には、こういったキットを薬物関連品とし、所持しているだけで犯罪とされる州もある。現地でのドラッグ検査は、現在の社会において薬物使用についていったいどれだけオープンに議論する気があるか、社会を試しているようだとStefanie Jonesは言う。「ドラッグ検査の話になると、こういったイベントで実際にドラッグが使われているという事実に私達はどれだけ真剣に向き合う覚悟があるかという部分が論点になるわ。禁止することと、人々の安全を優先すること、どちらのほうが大切か？」

サイケデリック・サポートとドラッグ検査以外にも、ハーム・リダクションには様々なサービスが含まれる。そしてアメリカのDanceSafeやカナダのT.R.I.Pなど、多くのハーム・リダクション団体はドラッグと関連した健康の情報を提供している。飲料水の無料提供や、空調の設備の改善、そして休息所を会場内に準備するオーガナイザーもいる。多くのフェスでは、ハーム・リダクション・サービスのスタッフは現地の医療スタッフと協力し、困っている人はすぐに適正な処置が受けられるよう動いている。

しかし大半のハーム・リダクション団体は禁止が中心となった制度の中で、規制の厳しい法律、非友好的な当局、そしてナーバスなオーガナイザーたちとやり取りしながら活動をしている。警察の手入れ、閉鎖、営業ライセンスの停止、高すぎる料金、扇情的なマスコミ、そして見せしめにしようとしている政治家など、イベント・オーガナイザーを悩ませる要素は山程だ。こういったことは小規模な野外フェスや都市クラブにとっても驚異的だが、ここ10年のダンス・ミュージック・シーンを席巻してきたEDMメガ・フェスティバルをオーガナイズしている人たちにとっては、恐怖でしかない。こういった環境では、ハーム・リダクション・サービスがエレクトロニック・ミュージック・イベントに入り込むことはほぼ不可能になる。

Dancesafe

レイヴァー・サバイバル術

禁止制のドラッグ政策がイベント・オーガナイザーやドラッグ政策改革活動家、ハーム・リダクション・サービスの提供者にとって重荷になっているとはいえ、矢面に立つのはパーティー参加者である。例えば、イベント・オーガナイザーは警察の介入を避けるためセキュリティ・チームにドラッグ使用に対して厳しくなるよう指示するかもしれない。これは疑念や不安感が育む環境を作り、イベントの雰囲気を悪化し、バッドトリップに陥る可能性を高めるだけでなく、パーティー参加客がそのイベントで提供されているハーム・リダクション・サービスを受けることを思いとどまらせる弊害がある。

監視と疑心暗鬼に溢れた環境では、人はドラッグを隠れて使用するため、よりリスキーな行為となる。「潜入捜査官がいるかもしれないという不安から、“知り合いのグループに属している人以外にドラッグの話を決してしてはいけない“という考え方が一般的ね」とRuaneはいう。フェスでは、警察がおとり捜査（ドラッグをシェアしようと持ちかけ、ドラッグディーラーとして逮捕するなど）や、過剰な監視（熱感知カメラでテント内にパイプがあるか調査するなど）といった手段を用いたという噂が広まり、ドラッグは更にアンダーグラウンド化する。参加客は苦しんでいても助けを求めにくく、緊急事態になるまで誰にも言えないという状態が出来上がる。

ドラッグやドラッグ安全に関する信頼できる情報が欠落しているところが、パーティー参加者にとって大きな問題である。どの国にも正式な“ドラッグ教育”プログラムはあるが、ナイトライフ・コミュニティでは信用されていない。「信用できない情報ばかりだから、公式とされる情報に人は疑念を抱く」とRuaneは言う。政府が提供する情報の多くは薬物の危険を誇張し、薬物使用者を堕落した中毒者として描く。イギリス政府の公式薬物意識向上キャンペーン、Talk To Frankが掲げる大げさなメッセージは、Ruaneによるとこういったものだ。「大麻を一本でも吸ったら、次の瞬間あなたは橋の下で眼球にヘロインを注入しているだろう」

アメリカでは、何年も前から「Just say NO」 (意訳：「ただノーと言おう」）や、「Not even once!」（意訳：「一度でもダメ！」）といったスローガンがティーンエイジャーに向けて発されてきた。こういったキャンペーンではソフト・ドラッグがハード・ドラッグと同じほど危険で中毒的であるように言われるが、それはたいていのドラッグ使用者が体験から違うと分かっている。多くのパーティー参加者には、劇的な結果を招くことなく複数回にわたってドラッグを使用した経験を持つ人が多く、一度でもドラッグを使ったら中毒や悲劇が待っていると断言されてしまうと、その時点で聞く耳をもたなくなるのだ。

もちろん、だからといって来場客はハーム・リダクションのサービスを受けられず何もできない状態になっているわけではない。レイヴァーは内密にしなくてはならない環境でドラッグを安全に使用することには長けている。「私は友達同士で支えあっている人をたくさん見たわ」とRuane が言う。友人グループはお互いにアドバイスやサポートをし、守り合う。お互いのことを定期的にチェックし、噂や、ドラッグ安全に関する知識を共有し、団結する。

しかしドラッグ関連のサポートが友人からしか得られないとしたら、完全に友人グループに頼ることになってしまう。フェスでサイケデリック・サポートのボランティアをしていた経験から、Ruaneはこう言う。「私が聞いたバッドトリップ経験談のだいたい60％ぐらいは、友人とはぐれたり、置いて行かれたりして、一人になってしまった状態でおこっていたわ」。一方で感心するほど献身的に友人を介抱していた者達も見かけたと言う。「苦しんでいる友人を（サイケデリック・サポート）に連れてきて、回復するまでずっと側を離れなかった友人グループもたくさんいたわ」

フェスティバルは“ミクロ文化”であると良く言われ、こういったイベントのドラッグ安全の習性においても同じことが言える。お互いのことを支えあい、知らない人であっても困っている人には救いの手を差し伸べる、向社会的な環境を育みやすいフェスもあるが、「人は人、自分は自分」といった空気が出来上がり、苦しんでいる人が放置されるようなフェスもある。こういった違いは、フェスの規模や開催地の薬物政策がどれほど抑圧的かによるが、イベント・オーガナイザーの雰囲気作りに起因する部分も大きい。

仲間のサポートにおいては、年齢も重要なファクターとなる。年上のパーティー参加者は経験豊富であり、友人が取り乱したり、具合悪くなったり、予想していなかった症状が出た場合、どう対処するべきか分かっている場合が多い。「シーンには周りから信頼されている経験豊富な先輩がたいていいるわ。若くてフェスに行き始めたばかりの人は持ち合わせていないような知識を、そういった人たちは培っている」

そういった熟練のレイヴァーがひとりでもいれば、多くのパーティー・クルーにとっては支えになるが、若い新参者の多い大規模ダンスイベントではそういった世代を超えた友人グループを見かけることは少ない。もしドラッグを服用してパーティーを楽しむことを覚えたばかりの友人グループであったら、そういったグループ間で得られるサポートは効果が薄かったり、対処が間違っていたり、状態を悪化させる可能性を孕む。その一方、小規模なイベントやシーンでは、参加者の多くが個人的な知り合いであったり、顔見知りである場合が多く、ドラッグ供給連鎖はより明瞭性が高く、捜査官が潜入しにくい。

しかしだからといって、信頼できるのだろうか？こういったフェイス・トゥー・フェイスの信頼ネットワークには、他の“草の根ハーム・リダクション”活動と同じ問題点が挙げられる。それは、配給、噂、そしてサポートのネットワークの中にたったひとつでも弱い連結部があれば、そこから全てが崩れる。フェスの客はドラッグ検査や信頼できるドラッグ情報がない代わりに、「面識があって信頼できる人からしかドラッグを買わないことにしている。でも、それが大きな落とし穴になってしまうこともあるわ」と、Ruaneは分析する。ハーム・リダクションや信頼できる情報が欠落している環境では、パーティー参加者はお互いを支えあい、集団的サバイバル術を生み出していく。しかしそれが失敗したとき、大惨事を招く可能性があるのだ。

楽しむことを真面目に考える

トップダウン方式ではないといったものの、政策がナイトライフ・シーンに与えている影響は否めない。現実は決して明るくない。音楽の楽しみ方（特に規制物質が絡む場合）をトップダウン式に規制しようとする政治体制の下で、私達は踊ったり、音楽を聞いたり作ったりしている。ダンスフロアの多幸感と比べたらまったくロマンのない会話だが、政策に関して議論することは大事なのだ。

政策立案者の仕事が楽だとは思わない。政策はどうしても概略的になってしまうが、ドラッグ体験は多種多様である。社会レベルで薬物使用をコントロールしようとすることの難しい点は、政策は向精神薬が人にどう影響するかということを概括的にとらえて考えられるが、実際に政策が影響を与えるのは様々な実践現場である事実だ。クラックハウスを取り締まるために定められた政策は、果たしてエレクトロニック・ミュージック・フェスにも適当なのか？静脈注射のヘロインを念頭に置いて作られた政策が、クラブドラッグの娯楽使用にも適切なのか？医療目的の大麻使用のための政策は、娯楽使用のマリファナ吸いにも影響するべきだろうか？

薬物政策における議論は、薬物使用者を人口やユーザータイプ別にカテゴライズするが、最も影響を受ける人々は様々な人生経験、体質、性格、育ち、遺伝など千差万別だ。Jonesはこう言う。「人によってドラッグ使用の条件は異なる。そしてそれを使うたびに、いろいろな条件がまた異なってくる。それを全て考慮するのはとても難しいこと」

しかしながら、政治体制はアルコールや煙草など危険で中毒性のある物質を規制することができている。「designated driver」キャンペーンは飲酒におけるハーム・リダクションであったと言えるだろう（注：designated driverとは、友人グループのなかで飲酒はせずに帰りの運転手になる人をひとり指定すること）。Jonesはこう言う。「アルコールは文化のひとつであり、私達はそれをうまく規制し、生活の一部にすることができている」。皮肉なことに、向精神薬や中毒性のある物質という意味では、アルコールは多くの一般的なクラブ・ドラッグよりも“ハード“である。

しかしドラッグ安全の問題は全て政治ピラミッドのトップに集約されるわけではない。多くの社会ではドラッグ使用は犯罪行為と同等であり、つまりドラッグを使うような悪人に悪いことが起きてもバチが当たっただけだという考え方になる。それは私達であっても抱いてしまう考え方だろう。Jonesがニューヨークのクラブ・シーンで論文のために調査をしていたとき、クラバーたちもこういった倫理観を抱き、自分や周りの人をそういったフィルターで見ていたことに気がついたと言う。「ドラッグを使ってポジティブな体験をした人であっても、そういった文化的スティグマを背負っていたわ」。Jonesは薬物の娯楽使用について世間が抱く誤解を解こうとする堂々とした人たちを想像していたが、彼女が話を聞いた人々は皆、必死に自己を肯定したり、罪悪感や不安感を抱き、核心を突く話を避けたがった。

我々のドラッグ使用に対する考え方は、長年ダンス・ミュージックが着せられてきた汚名と近い論理で成り立っていると考えると、より理解しやすいかもしれない。例えば、ドラッグ目的でクラブに行く人を批判することで、いったい何が得られるだろうか？ドラッグを楽しむことを恥ずべき行為だと蔑むことで、私達はネガティブな偏見をより浸透させ、肉体的快楽を否定する抑圧的な道徳観を助長する可能性があるのではないか？この音楽は、人種や性的指向で差別されていた人々のコミュニティから生まれたカルチャーであり、そのコミュニティを弾圧していたのはまさに同類の快楽嫌悪的な道徳ヒエラルキーのであったことを考えると、これは誰も得をしない考え方だろう。

心に深く刻まれている快楽と礼儀に関する倫理観に左右されて、同胞の面倒を見てあげられなかったことは、私達にもあることかもしれない。ときには、辻褄の合わない政策に苦しんだ経験を持っているにもかかわらず、自身のキャリアやイメージを守るためにドラッグを禁止すべきだという世間的な意見を支持する者がエレクトロニック・コミュニティにいるという残酷なまでに皮肉な状態も生む。

エレクトロニック・ミュージック・カルチャーにおけるドラッグを語る上では、考慮すべき側面が多い。世界的に見ると様々な薬物政策が存在し、完全なる禁止から、非犯罪化と規制を組み合わせたものまであるが、大半は厳格な禁制に傾倒しており、そういった政策はドラッグ使用をより危険なものにしている。しかし薬物は大昔から人類の文化のひとつとして偏在しており、ドラッグを使用することにした人にまずは正確な知識と、安全と健康を維持するためのツールを提供することを再優先するべきだと、改革を提唱している者達もいる。私達はクラブに出かけるたび、法律、政治、倫理、そして知識が複雑に入り組んだ迷路に迷い込んでいるのが現状だ。自力でゴールを見つけるときもあれば、誰かに助けてもらうときもある。

どちらにせよ、ダンスフロアと音楽スタジオからはかけ離れた世界で起きていることに、私達は常にアンテナを立てておく必要がある。そしてそういった場所で交わされる議論に参加するべきだ。なぜなら最終的には、こういったバトルの戦場は私達の身体だ。そしてこれは世界のなかでも、主に北の先進国だけを取り上げた話であった。異なった政治体制の下で成り立っている国ではまた違った問題があるだろう。もしかしたら読者のあなたが個人的な体験や専門知識からそういった部分を補足することができるかもしれない。その場合は是非コメント欄に書き込んで知識を共有してほしい。まだまだ学ぶことは山積みであり、失うものがとてつもなく大きい問題なのだ。

Doris Payer contributed to the writing of the Research section of this piece.